内診台調査プロジェクト
 
なぜ内診台を社会科学的視点から調査しようと思ったのか

  多くの女性が、産婦人科の内診台を用いた診療に不快感を抱いたり、ときには恐怖心を抱いたりしている。これは日本に限ったことではない。「医学・医療におけるジェンダー」は、医療者とその利用者/患者の関係性だけでなく、医療機器の開発・設計・応用にも強く作用してきた。近年、男性の身体を医学の標準としてきたために、女性には使いづらく、より効果が低く、副作用や誤診等が生じやすい医療が成立しているとする批判的指摘がなされるようになってきている。

  そこで本プロジェクトでは、産婦人科で日常的に使用されている内診台(産婦人科用検診台)を事例とし、その開発や利用において、女性の(丸ごとの)身体がどのように位置づけられているかを、医療機器の開発、医療者との関係、女性らしい振る舞いや羞恥心などといった文化的規範(身体技法・作法の違いなどを含む、文化的に規定された身体の検討)の観点から調査する。そして、調査結果を踏まえ、医療が女性の身体に注いできたまなざしと医療現場で実践されている(されてきた)こと、医療技術の開発・改良の方向性を定める要因などについて検討し、新しい医療技術とジェンダーの関係性における調査データを積み上げ、理論構築のための基礎資料を提示することにつなげることを目的として実施した。

 
どんな調査をしたのか

  このプロジェクトは二つの調査プロジェクトにまたがって展開してきた。
一つは、お茶の水女子大学21世紀COEプログラム「ジェンダー研究のフロンティア(F-GENS)」(2003年度〜2007年度)の一環として、プロジェクトC「医療・科学技術の進展と『身体・生殖・性別』の再構築」が設けられ、さらにその下にC3サブプロジェクト「ポストゲノム時代における生物医学とジェンダーに関する研究」を2003年に開始した。そこで、2005年から内診台調査に取り組んだ。ここでは主に、内診台メーカーや産婦人科と泌尿器科の医療機関の調査を2年間かけて実施した。また、イギリスとフランスの内診台についての情報も得た。

  2006年からは二つめのプロジェクト「医療技術の開発/応用と社会の関係についてのジェンダー分析」(文科省・学術振興会 科学研究費補助金)「基盤研究B」(2006-2008年)(研究代表者 柘植あづみ)の一環として実施し、国内調査を充実させ、とくに女性個人へのインタビュー、グループインタビューを実施し、海外調査の幅を広げた。

●国内調査
内診台メーカー、輸入品販売代理店へのヒアリング調査
病院・診療所(産婦人科、泌尿器科)医師、助産師、保健師、看護師へのヒアリング調査
女性の個人インタビューとフォーカス・グループインタビュー

●海外調査
イギリス、フランス、韓国、台湾、アメリカにおいてそれぞれ複数の病院・クリニックを訪問し、内診台の見学した上で医師へのインタビューを実施

 
プロジェクトメンバー

●国内調査メンバー
柘植あづみ
小門穂(大阪教育大学非常勤講師)
三村恭子(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)
(その他、武藤香織さん、洪賢秀さん、張瓊方さんに協力いただきました。)

●海外調査メンバー
三村恭子(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)イギリス担当
小門穂(大阪教育大学非常勤講師)フランス担当
洪賢秀(ヒョンスウ)(東京大学医科学研究センター特任助教) 韓国担当
張瓊方(チャンファン)(東京大学医科学研究センター研究員) 台湾担当
柘植あづみ  アメリカ担当
(その他、仙波由加里さんに協力いただきました。)

 
結果と考察(概要)

  日本でかなり普及してきた自動で台座が昇降し、背もたれの角度が変わり、支脚器の角度がかわって開脚するシステムは、「女性にやさしい」機器として開発、導入されてきた。これは世界の最先端ということができるし、世界ではそれを必要としていないということもできる。韓国や台湾では、それぞれの国のメーカーが日本の内診台と似た形状の内診台を製作して販売しているが、どんな機能が付いているかを検討すると、かなり違う。

   内診台の形状や機能が変化し、不快感が減少してきたという意見もあるが、相変わらず女性にとって内診台に乗ることは不快な経験として語られる部分もある。日本だけではなく、国外調査の結果からも、内診は医師もそれだけ気を使い、配慮する必要のあることだと認識されていた。内診台にのぼることにさほど抵抗のない人もいるにしても、多くの女性が経験し、その経験を嫌なものとして語る内診台はなぜ存在するのか、なぜあのような形状なのか、どうしてあのような環境に置かれ、あのような使われ方をしているのだろうか。そういう疑問を抱く人がいなかったわけではないだろうが、それを変えられるものだとは思わずに受け入れてきたところにも、日本の文化が反映されているのかもしれない。

  海外調査をして、日本の内診台の目的、機能、付属品、周辺の環境は日本の産婦人科医療という文脈において成立しているということがわかった。それは医師と患者の関係、女と男の関係、わたしたちのコミュニケーションの仕方や身体動作、さらに恥ずかしさといった文化との関わり、そして精密機械を製作する技術力、それを購入する経済力などなど、さまざまな要素がからんでくる。日本の内診台の環境にほぼ必ずあるカーテンひとつとっても、文化的社会的な違いが浮き彫りになってきた。イギリスでは、日本人を主に診察する日本人医師によるクリニックにはあったが、フランスにもアメリカにもなかったことは、それを象徴している。韓国ではカーテンのない病院とある病院を見学し、台湾で見学した3件はカーテンがあった。

  内診が産婦人科診療に欠かせないものだとしても、いまの日本の内診台の上で取らされる女性の姿勢が不可欠なものではないだろう。また、そもそも内診台があった方が診療がしやすいとしても、なくても診療できる場合もあるはずだ。それはイギリスの状況からも学べるし、思春期の女性を診療するアメリカの家庭医(Family Doctor)が内診の際に注意していることについての発言からも私たちが学ぶことは多い。さらに、日本の泌尿器科調査で、「なるべく膀胱鏡台に乗せない」ための努力がなされていることが泌尿器科の医師によって話されたのは、内診台を考える上で貴重な意見だと考える。

  つまり、プロジェクトの成果として伝えたいことは、一言、いまの日本の内診環境が変えられないものではない、ということだ。

   最後に、この調査プロジェクトに協力いただいたすべての皆様に感謝の意を表し、結びの言葉としたい。ありがとうございました。

 
関連業績

柘植あづみ他 2009 『内診台調査プロジェクト報告書』、「医療技術の開発/応用と社会の関係についてのジェンダー分析」(文科省・学術振興会 科学研究費補助金)「基盤研究B」(2006-2008年)(研究代表者 柘植あづみ)

三村恭子他 2008 「「女性にやさしい」機器のつくられ方―内診台を例にして」、舘かおる編著『テクノ/バイオ・ポリティクス』、作品社、223−240頁

三村恭子・小門穂 2007 「診察環境の『当たり前』を見直す――産婦人科内診台を事例として」、『F-GENSジャーナル』、第7号、229−237頁

Kyoko MIMURA 2010 Innovation or 'humane' communication? - Comparative analysis of how discomfort of pelvic exam is dealt with in different cultural settings, presented at Medicine and Gender in Global/Local Politics: Session (3) Gender and Medicalized Bodies in Modernity, 4S (Society for Social Studies of Science ) held in Tokyo, August, 2010.

 
 
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