▼目次

「忘れられること」との向き合い方 ――小川洋子『博士の愛した数式』から考える
How can I accept “forgetting me”?:“The Housekeeper and the Professor”

第1章 序論
1-1 「いま」を実感できないわたし
1-2 本論文の問い
1-3 なぜ『博士の愛した数式』なのか
1-4 先行研究
1-5 本論文の構成

第2章 『博士の愛した数式』はどのように語られているか
2-1 『博士の愛した数式』概要
2-2 映画版『博士の愛した数式』概要と小説版との比較
2-3 雑誌『ユリイカ』において『博士の愛した数式』はどのように語られているか

第3章 小説版より〈私〉・〈ルート〉は〈博士〉とどう向き合っているか
3-1 友愛数をめぐって
 3-1-1 〈博士〉と〈私〉の出会い
 3-1-2 〈博士〉と〈ルート〉の出会い
3-2 江夏問題と〈博士〉からの問題
3-3 「男」としての〈博士〉
3-4 オイラーの公式をめぐって
 3-4-1 野球カードと野球観戦
 3-4-2 ファールボールの呪いから読み取る〈私〉の心情
 3-4-3 オイラーの公式が意味するもの
3-5 食堂でのエピソードをめぐる〈私〉と〈博士〉の距離
3-6 病気の進行と野球カード探し
3-7 〈博士〉の異変と別れ
 3-7-1 テーブルクロスの表現から読み取る〈博士〉の変化
3-7-2 〈博士〉との別れとオイラーの公式が指し示すもの

第4章 映画版より〈私〉・〈ルート〉・〈未亡人〉は〈博士〉とどう向き合っているか
4-1 〈杏子〉による〈博士〉との向き合い方
 4-1-1 素数をめぐって
 4-1-2 直線をめぐって
4-2 〈未亡人〉による〈博士〉との向き合い方
4-3 〈ルート〉による〈博士〉との向き合い方

第5章 『アルツハイマー在宅介護最前線』『ペコロスの母に会いに行く』との比較
5-1 『アルツハイマー在宅介護最前線』との比較
 5-1-1 『アルツハイマー在宅介護最前線』概要
 5-1-2 『博士の愛した数式』との三つの共通点
5-2 『ペコロスの母に会いに行く』との比較
 5-2-1 『ペコロスの母に会いに行く』概要
 5-2-2 「忘れること」をどう捉えているか

第6章 考察
6-1 「忘れられること」とどう向き合ったか
6-2 論文を通じて感じたことと今後の課題

図版

参考文献・DVD一覧



▼要約

 本論文の目的は、相手が事故や病気をきっかけに日々の記憶を忘れてしまう障がいを抱えた場合、その相手とどのように接してゆくのかを考え、そのうえで相手にとって自身が忘れられる存在であることとどのように向き合ってゆくのかを考察することである。そのため二〇〇四年に発表された小説、小川洋子『博士の愛した数式』およびその映画版をその対象として定め、さらにアルツハイマー病患者と向き合うひとの実話を取り上げ、比較をおこなった。
 その結果、かれらは「忘れられること」と向き合うために、ありのままの「いま」を大切にして相手と接していることがわかった。ありのままの「いま」とは、相手と接しているうえでの自身の葛藤や失敗、悩みなどもすべて含めた「いま」である。またそのために相手と接するうえで自分なりにルールを決め、相手と向き合っていることがわかった。いつかは忘れられてしまうからこそ、相手と関わることのできる限られた「いま」を、ありのままに受け入れてゆく。そうして過ごしてゆくことで、「忘れられること」と向き合っているのである。

If you are forgotten by somebody important, how can you accept this? It is purpose of this thesis. I took up the novel and movie“The Housekeeper and the Professor”. This novel is described the professor who can not remember more than 80 minutes and his housekeeper and her son. And I searched relationships with characters. I also took up two books that are actual people who looks after Alzheimer’s disease patients. And I compared these cases.
In conclusion, the housekeeper and his son spent with the professor carefully and there thought this time precious things. And there decided the rules by themselves. It is important to spend with the professor. So the housekeeper and his son accept that the professor forget everything someday. The actual people who looks after Alzheimer’s disease patients also decided the rules by themselves to accept there. And there also accept there negative feelings and the failures. There spend irreplaceable time.