セニョール
~第1回、第2回発表振り返りレポート~

 第1回の発表の際、私はかなり楽しんで発表の準備をした。しかし、あれは卒論のための発表では なかったと今では思う。
 先生から提示された発表の内容が「自分が好きなもの、興味があること。そしてそれがどう面白 いのか」であると聞き、もともとエンタメ小説や漫画に興味のあった私は、今までまわりのひとたちに 紹介する機会がなかったこともあり真っ先に「この時間で皆に今まで読んできた良いなと思った本や漫 画を紹介できる!」と思った。そして、結果としてどうやって紹介すれば興味を持ってもらえるだろう、 手にとってもらえるだろうとばかり考えてしまう始末であった。
 飲み会の席で卒業生の先輩方が「これ(レジュメ)作っているとき楽しかったでしょ?」とおっ しゃったのだがその通りで、私は普段あまりする機会がなかった本や漫画の紹介が出来るということに すっかり舞い上がってしまっていたのである。そうして用意した第1回の発表は、私が卒論を書くとい う考えがどこか抜け落ちたものになってしまった。
 その結果が発表後のディスカッションで、皆がくれた「<セニョール>自身の話がこの発表には ない)」「ただ本を紹介しただけでは」という意見に繋がったのだと考える。今振り返っても、発表と いう場をより良い卒論を書くために活かそうというより、ひたすら「自分の好きな本や漫画の話を聞い て欲しい!」という考えでいっぱいだった。

 第2回の発表までの準備は、ゼミや授業に追われて何かと忙しい状況だからと思ってしまい、発 表の準備から目を背けた。そしてほとんど何も積み重ねてこなかったことに発表直前で気付き、どうに か無理矢理自分が卒論として書きたいテーマである「本」と自分を結びつけようとした。この時点で 「本」以外の題材をテーマにあげることをしてこなかったのは、「本」以上に固執できるものはないだ ろうという根拠がない考えがあったからであった。
 まずは自分の今まで生きてきた境遇や体験してきたことと、その間に読んできた本について合わ せて振り返った。そして、そこから自分はそもそも本当に本が好きなのか、そうでないなら、なぜ私は 本を読んでいるのかといったことをひたすら考えもせずにただ並べた。この時どこか「辛かった昔のこ とをさらけだせば何か見えてくるかも知れない」「これを発表すれば誰か次に繋がるような意見を言っ てくれるかもしれない」という自分で考える事の放棄のようなものがあったのではとも今では思う。
 そして、この発表でつくってきた目次案は、先生に指摘されたとおり「どこかから持ってきて切 り貼りした言葉」が並べられているだけの状態だった。興味があることを並べたつもりだったが、それ はどこかで聞いた事のあるような文句ばかりだった。どこかから引っ張ってきたような一文は、自分が 掘り下げて考えてきたものではなかった。自分が今までいかに卒論に向けて何も考えてきていなかった かが、そこにありありと現れていたのである。
 その結果が「この発表のなかでの『本』という言葉が一体何を指しているのか分からない「イメ ージで『本』をとらえているように感じる」「せまいところでうだうだしている感じ」「自分にべった りくっついたままで閉じている。自分のことをただ語るだけでそこから抜け出そうとしていない」など といった皆や先生からの意見につながったのだと思う。
 この第2回の発表は、「本」を扱いたいがために自分でも何が言いたいのか分からなくなるくらい 無理矢理「本」と自分の今までのことや考えをむすびつけて、あたかも本と自分との関係が「切実なも の」に見えるようにとこねくりまわしただけの発表だったと思った。

 勿論、こねくりまわしただけとはいえ皆にこうやって意見をもらえる事で、自分の卒論というもの が今のままでは自分の一代記のようなものにしかならないだろうという危うい状況にあるのかと気付く ことが出来たのだから、この発表をしてよかったと思っている。けれども、回数の限られたこの発表と いう場を2回も上手く活かせなかったとも思っている。今の私は、自分で考えるという事がまだ上手く できず、自分にとって卒論を通して伝えたいほどの「切実なこと」も見つけていない。今のままでは何 となくそれらしいことを並べただけの卒論を書くことになるだろう状態なのだと感じた。今後変えてい かなければならない点としては以下の2つが考えられる。

①「卒論のための発表」ということよりも、1・2回ともにただ「自分の考えていること・伝えた いこと」を伝えることばかりでいたこと
②卒論は自分で書くという当たり前なことを意識せず、どこか他人任せで今後もどうにかなるやと 思い目を背けていたこと

 ①に関してはその先の「私は卒論を通して何をしたいのか」という事まで、より深く考えていく ことが必要なのだと感じる。これは今後ゼミ生と話していく中で、卒論以外に対しても意見を言うとき に考える癖をつけるなどして鍛えていきたい。②に関してはこの受け身の体勢から、もっと「自分のこ となのだから」と積極的になっていきたいと思った。
 他にも卒論のみならず今後の生きていくなかで、人や最終的には自分自身の足を引っ張るような 悪い点が見えてきた。たとえば忙しいと思ってしまった時点で、もう無理だろうからと時間をつくろう と努力もしなかったことなどである。これは今までのゼミ以外の場でも言えることで、いつもどうにも なりそうにもないと感じたら投げ出したりしてきたことが多くあった。始めはそういう自分に気付き自 己嫌悪に陥ったりもしたが、折角今こうして失敗や悪いところを直していける場があるのだから、今は このような目に付いた悪いところを変える努力をしていきたいと思っている。
 今まで、忙しいと思って目を背け、いざとなったらどうにかなるのではと楽観的に考えてきた。 その結果私はこの「卒論」というものに今全く力を注いでいない状況であることに、この2回の発表を 通してやっと気づけた。そしてもう6月の終わりという時期になって気づく自分は情けなくもある。
 しかし今後もこの長谷川ゼミで頑張っていきたいと思うからこそ、これをきっかけに自分を見つ め直して変えていこうと思った。ひとまずは約1ヶ月先の合宿の発表にて、この状態のままで皆の時間 をただ無為に奪うような発表はしないと心に決めている。そして、いずれ卒業するときには「これが私 の卒論!」と胸を張れるような卒論を書き上げていたい。