くぼっち
 ~第3回発表振り返りレポート~

  第1回の発表で女性声優の水樹奈々(*註1)さんの発表をした。 しかし、第2回の発表は水樹奈々さんについて掘り下げようとせず、関心が分散した発表を行なってしまった。 (第2回の振り返りレポートはこちら→http://www1.meijigakuin.ac.jp/~hhsemi13/index-egg/egg-works/egg-works-frikaeri/frikaeri_kubocchi1.html) そのため第2回の発表後は、盲目的な「好き」から脱出する為に、改めて水樹奈々さんについて考えてみようと思い、水樹奈々さんのことを掘り下げていくことにした。 その時「<くぼっち>が水樹奈々さんを好きになった時、<くぼっち>がどんな人で、他にどんなことが好きだったのかとかを考えてみたら?」というゼミ生からのアドバイスを受け、 水樹奈々さんを好きになった中学生の頃の自分を振り返ってみた。
 中学生の頃の私は、自信が無い子だった。事あるごとに自信の無さから「私なんか」と口にしていることが多かった。 そのため、歌が上手くて謙虚な人柄(と私にの目には映っていた)の水樹奈々さんに対して「この人のようになりたい」という憧れを抱いていた。 そんな私が好きだったものが、ちょうどその頃放送されていた「D.N.ANGEL(*註2)」という「変身」を扱ったアニメ作品だった。また部活では演劇をやっていた。 きっかけは親友の誘いで、途中入部だったので1年生の頃は裏方だったが、2年生の時に初めて舞台に立った。その時、演技することによって「普段の自分と違う自分」になる事に快感を覚え、 のめり込んでいた。それらのことを考えると、「自分には今の自分とは違う自分になりたいという変身願望があったのではないか?」と思った。変身願望がある理由に「自分が嫌だった」というのがあった。 何故自分が嫌だったのかとゼミ生に聞かれ、そのことを掘り下げていくと、「母親に反抗が出来ない自分」「周りの人に受け入れてもらいたいが故に、言われたことだけを必死にこなすという 受動的な行動をしている自分」が嫌だと思っていたということが分かった。この時ふと自分は周囲の、特に家族や友人のような自分と親しい人に認めてもらいたいという気持ちが、他の人よりも強いのではないかと思い始めていた。 そこから認められたい欲求についても気になりだした。
 そこで私は、「変身願望」と「認められたい欲求」についてのどちらかをテーマにしたいと思い、そこから二つのことについて掘り下げる作業を始めた。 幼稚園から大学までの私の生い立ちと、その時々に出てきた「変身願望」や「認められたい欲求」を振り返ってみたり、「認められたい欲求」については、欲求階層説を唱えたマスローを研究している上田吉一の 『人間の完成 マスロー心理学研究』をあたったりした。
 水樹奈々さんから考え始めて、全く異なった事柄に行きついたまでは良かった。水樹奈々さんの事柄で雁字搦めにならずに物事を考えられたと思ったからだ。 しかし、そこから先に進めなくなってしまった。どのように掘り下げて良いのか分からなくなってしまったのだ。レジュメと目次案と発表原稿を作成している間も「変身願望」や「認められたい欲求」について掘り下げようと試みたり、 考えたりした。しかし、「何故掘り下げ方が分からないのか」ということが分からず、目次案は中身がスカスカのまま合宿の日を迎えた。
 発表では水樹奈々さんをきっかけに「変身願望」「認められたい欲求」をどういう経緯で考えてきたのかについて、私の生い立ちも含めて説明した。 そのため、発表自体は先生から2回目よりも中身の濃いものになったと誉めて頂いた。しかし、やはり私が発表の段階までで引き出してきたものは、卒論のテーマにすることはできなかった。 それは私が「変身願望」や「認められたい欲求」という言葉を出して安心してしまっているからだと先生からご指摘いただいた。単語が出て「これがテーマになる」と思いこんでいたから心のどこかで安心していて、 考えようとしてもそこから先の考えが出てこなかったのだ。<まゆゆ>からは「変身願望」と「認められたい欲求」は<くぼっち>にとっては根幹が同じもので2つに分けられないのではないかという指摘もあった。 これは私が自分の今までの行動を「変身願望」と「認められたい欲求」という言葉に押し込めてしまったからそのような指摘があったのだと思う。また、先生からは「水樹奈々さんはどこに行っちゃったの?」と聞かれた。 「変身願望」や「認められたい欲求」に関して掘り下げることが足りなかったため、この段階で水樹奈々さんを出したら単なる意味付けになると思って、彼女のことを考えるのを止めていた。 「変身願望」あるいは「認められたい欲求」の何が知りたくて、どういう卒論を書いていきたいかを考える必要があった。その上で「変身願望」や「認められたい欲求」を知るための題材に水樹奈々さんが関係してくるのなら、 彼女の話を再び出せたかもしれない。異なった事柄に行きついても掘り下げ方次第ではまたどこかで繋がったかもしれないと思うと、準備段階で考えることが足りなかったことが悔しかった。
 合宿の残りの間は、私がまだ掘り返せていない部分を見ていく必要があった。それは「母親に反抗できない自分」という部分だった。私は発表中、自分の生い立ち、特に自分と母親のことを話している時は必ず泣いていた。 私はシリアスな話をするときに予防線を張ったり多くを語らなかったりして自分を守る癖があった。しかし、家族の話をするときや予防線を一切張らないで話そうとすると、突然無防備になったような気がして、 その状態が何故か「自分には何もない」と思えて情けなくなって涙が出てくる。そして、しまいには何も話せなくなってしまう。意識してそうしているわけではなかったため、初めてそういう状態に気が付いた。 「母親と自分のことを話そうとすると泣いてしまう自分」に何か考えるヒントがあるかもしれないと思い、そのことについてもっと考えていこうとした。しかし、そこから先に進めずにいた。何が分かりたいのか全く出てこなかったのだ。 合宿2日目の夜も、母親と自分のことを考えていたが、完全に煮詰まっていた。そのため、たまに他にテーマになりそうなことを考えてみたりもした。しかし、どれも今一つピンとこず、再び母親と自分のことについて考え直すということを繰り返していた。 そこでは「反抗期」や「優等生」などの単語が挙がった。反抗期については私自身反抗期がなかったため、とても気になって、先生と反抗期について半ばお悩み相談のように話もした。しかし「反抗期」や「優等生」という言葉も「変身願望」や「認められたい欲求」 という言葉がそれに変わっただけで安心してしまい、それ以上掘り下げることはできなかった。結局3日目の発表リベンジタイムまでに、卒論で何を明らかにしたいか考えたが、自分と母親の関係が私にとって切実なことであるということが解っただけで終わってしまった。 この段階は第2回発表でできていなければならないことだ。本来は合宿の発表で卒論のテーマが決まっていなければならないので、私はまだまだ遅れている。
 合宿後に長谷川ゼミの卒業生の先輩とお話する機会があり、卒論について今回の発表のことについて私の話を聞いていただいた。その時に頂いたコメントは「生い立ちの振り返りが一面的」というものだった。 レジュメに書かれている言葉が、まるで今までの自分の行ないとその結果を母親のせいにしているようにも見えるとご指摘いただいたのだ。確かにレジュメに書かれた私の振り返り方は主観的で偏っていると思った。 もっと私と関わった人と当時の私について話を聞いたり、通信簿などの当時の自分を映し出すものを見たりして客観的に振り返らなければと思う。
 今私は合宿中に先生からアドバイスを頂いた、家族社会学に関する文献にあたっている。生い立ちの客観的な振り返りを行ない、家族社会学について学ぶことでまた違った視点から母親と娘の関係を見て、卒論のテーマを考えていこうと思っている。 また一方では母親と娘の関係にこだわり過ぎず、「変身願望」「認められたい欲求」「優等生」「反抗期」そして「水樹奈々」についても考えていこうと思っている。 発表の時に<まゆゆ>から「<くぼっち>にとって根幹が同じもの」という指摘があったからである。そのため、挙がった言葉をそれぞれ一つの単語に押し込めようとせずに見ていく必要があると感じたのだ。 以上のことを踏まえて遅くとも8月中にはテーマを決定し、残りの夏休みは卒論の執筆を行ないたい。
 今回の発表は、発表前準備の段階や質疑応答でも前回よりもゼミ生同士話し合うようになった。しかし私自身も他のゼミ生達も率直な話はまだまだできるだろうと発表を一通り終えて思った。 今振り返ると、まだ深く突っ込むことは可能だったはずだったからだ。全体の反省の時に<まゆゆ>が言っていた「質疑応答の時の質問が世間話じみていた」というのがゼミの現状で、相手にとって率直な話を引き出させるような率直な質問はできていなかったなと思ったのだ。 しかし、私もまだ相手の発表に対して、疑問を持って聞くことができていなかったり「どのような指摘をすれば、本人のためになる質問となるか」ということを解っていなかったりした。 1日目のすべての発表を終えた飲み会の時、私の発表直後の質疑応答では出てこなかったのに「実は発表準備の段階で、私も『変身願望』って言葉で満足しちゃっているって思っていたんだ」と誰かに言われた時は「どうしてそう思った時点で言ってくれなかったんだ!」と複雑な気持ちになったこともあった。 しかし、私もそれができていないのでは?と自分に問いかけると、抱いた複雑な気持ちをその人に言うことが出来なかった。まだまだ「なんで?」と思いながら話を聞くことがゼミ生同士でも足りていないだけでなく、どこかお互いに遠慮してしまっているのだなと思う。 「これを言っていいのだろうか?」と考えてしまうから、遠慮してしまうのだろう。相手のためになって考えるということをすれば、遠慮が消えるのではないかと考えている。本当に相手のためとなる事ならば、発言を引っ込めたら伝わらない。 これからはただ「なんで?」と考えながら話を聞くだけでなく、「どのような事が相手のためになるのか」を考えながら話を聞いていこうと思う。



註1 水樹奈々…シグマ・セブンに所属する女性声優。キングレコードレーベルで歌手活動も行なっている。2009年から4年連続でNHKの紅白歌合戦に出場している。公式サイトNANA PARTY http://www.mizukinana.jp/
註2 D.N.ANGEL…杉崎ゆきるの漫画作品。主人公が14歳の誕生日を機に、好きな女の子にドキドキすると町で有名な怪盗に変身してしまうという作品。