第八回 「ジャンル3~トランス~」


トランス登場
 トランスは、1980年代後半にベルギーなどから登場したニュー・ビートや、エレクトロニック・ボディ・ミュージック(※1)が、アシッド・ハウスと融合してできた。その後、テクノからも影響を受け発展した。当初、ベルギーの隣国であるドイツのフランクフルトでトランスは開花した(※2)。フランクフルトを中心に盛んだったトランスはジャーマン・トランスと呼ばれ、1990年代初頭には新しいダンスミュージックのジャンルとして成長を遂げた。しかし、1990年代中後期にはジャーマン・トランスのブームは下降してくる。そして、この頃からトランスは大きく2つの方向へと枝分かれし、異なる音楽性を持って発展していくこととなる。
 1つ目はヨーロッパで盛んとなり、発展していくユーロ・トランスである。クールな展開が特徴的なジャーマン・トランスとは違った、ハッピーで明るい感覚のメロディーが特徴的なアシッド・トランス(※3)がイギリスのクラブ・シーンで人気を博すようになる。また、ハード・コア・テクノのように激しく、マニアックな独自の音楽が盛んであったオランダはトランスに対し敏感に反応し、イギリスと共にヨーロッパ・トランス・シーンをリードするものとして、優秀なアーティストが続々登場するようになる。このようなトランス登場の流れはヨーロッパ全土を巻き込んで盛り上がりを見せた。
 2つ目に、インドのゴアで野外パーティーを中心に発展をとげていくトランスである。1990年代初頭にジャーマン・トランスやハード・コア・テクノなどがゴアに持ち込まれ、インド音階やイスラム音階など民族的な雰囲気を持つ音楽として発展した。これらはゴア・トランスと呼ばれ、ヒッピー・カルチャーと密接に結びつき、ゴアに滞在するヒッピーやバックパッカーなどの旅行者を中心に、アンダーグラウンドなパーティーを中心に盛り上がることとなる。ヨーロッパのように設備の整ったクラブのような施設がなかったため、ビーチや近隣の山中などで開催が続けられたことから、今日このジャンルはレイヴのイメージと密接に結びつくまでに強固な関係になった。
 このように、大きく2つの方向へと枝分かれしたトランスであるが、現在もこの2つから発展したジャンルがトランスの主流となっている。そして、トランスの中でもこの両者は決して混在して語られることはないほどに、それぞれ独自の存在感を持っている。そのため、以下ではこれらの発展の経緯を別々に記載していくものとする。

※1
エレクトロニック・ボディ・ミュージックは1980年代後期、ベルギーで生まれたテクノの一種。エレクトロなニューウェーブと、ジャーマン・ニューウェーブ(ドイチェ・ノイエ・ヴェレ)のハンマー・ビート、また、他のインダストリアル・サウンドに影響を受けて誕生した音楽で、ロック的ともいえるハードな打ち込みビートと、硬質なシンセ・ベース、ダミ声のヴォーカルが特徴。その強烈なビートが肉体的であることからこのジャンル名が付いた。その後よりテクノ色を増し、トランスの直接的なルーツとなった「ニュー・ビート」を生み出した。また、その後のテクノ/ハウスやインダストリアルにも強い影響を与えた音楽である。

※2
http://www.eventnow.tv/films/berliner-trance.html
このサイトに掲載されている映像は1993年のもので、ジャーマン・トランスのムーブメントにおける当時の様子がうかがえる。出演するアーティストもトランス界では周知の存在。ジャーマン・トランスのブームピーク時の映像なので、開花した当時の勢いを感じられる。

※3
クールな展開のジャーマン・トランスとハッピーで明るいアシッド・トランスについての解説。ダンスミュージックは歌詞やヴォーカルが大きな意味を持たず、「踊る」という行為に特化した音楽であるため、非常に感覚的なものである。そのため、文面からは音楽性が想起しにくいという点がある。さまざまなダンスミュージックを聴き込んで初めてそのイメージが容易になるものである。「ハッピーで明るいアシッド・トランス」については、音楽の調性そのものが聴いたときに明るいと感じられる長調のものが多く、メロディーも分かりやすい。「クールな展開のジャーマン・トランス」については、使われる音色が硬い感じの音質が特徴的で、渋く積み上げる楽曲構成が、「明るさ」よりも「かっこよさ」を多く感じさせる点から、このような表現を用いている。


トランスというジャンル名
 上記のようにトランスというジャンルは、アシッド・ハウスからの影響を大きくうけて誕生した。アシッド・ハウスというジャンル名はハウスの中でもウネウネ(※4)とした、ドラッグ体験を思い起こさせる音色を多用したジャンルであることから、LSDの名称である「アシッド」にちなんで名付けられたものである。その後1990年代初頭に、より踊れる音楽へとその音楽性を追求したダンスミュージック界から、フロアで夢中になって踊っているときの状態そのものでもある「トランス状態」を表現したジャンルが誕生した。アシッド・ハウスがドラッグにちなんだ名称であるため、トランスも即座にドラッグを想像しがちであるが、トランス状態になるほど「夢中で踊れる音楽」としてのトランスというジャンルであることに注意してほしい。この「トランス」という語には、夢中や恍惚状態、トランス状態などの意味があり、主に通常とは異なった精神状態の際に用いられる語である。トランスは音楽性そのものにこのような恍惚感などのトランス状態を盛り込んだ音楽であるといえる。この「トランス」という語がジャンル名になっているということは、ダンスミュージックが「踊るための音楽」として発展したという経緯がよく読み取れる一つの事象でもあるといえるだろう。

※4
http://www.youtube.com/watch?v=vY3eLideePk&feature=fvst
アシッド・ハウスに特徴的なウネウネとした音色が、当時の機材を使用したこちらの動画で確認することができる。


ユーロ・トランスの発展
 ヨーロッパで発展し、ヨーロッパを中心に盛んなトランスを総称してユーロ・トランスという。トランスはドイツで誕生した音楽であるが、ユーロ・トランスは全体的にこのジャーマン・トランスの流れを汲んで、その特徴を含みながら発展している。トランスがジャンルとして確立していった期間である1990年代は、テクノからの派生ジャンルにも非常にハードでBPMの速いものが多かった。ハードなテクノが広く受け入れられていたオランダでは、メロディックではあるがテクノと同じくハードな音楽性をもつトランスも広く受け入れられた。そして、現在までにダッチ・トランスというジャンルが確立されるまでに非常にトランスが盛んな国となり、トランス・シーンをリードしてきた。その熱狂ぶりは、オランダのアムステルダム中心地の公共空間であるダム広場にてオランダのトランスアーティスト等がパーティーを行ったこともある点からも容易に見てとることができる。このオランダのダッチ・トランスのアーティスト等は、英クラブ情報誌『DJ MAG』にて度々世界1位(※5)を獲得しており、このことからもオランダはユーロ・トランスをリードする存在であることが明確である。
 ヨーロッパのトランス・シーンの中心的存在はオランダではあるが、ジャンル問わずダンスミュージックが盛んなイギリスではより自由なスタイルのトランスが発展した。また、現在特にテクノの聖地とまで言われるほどテクノが盛んでもあるトランス誕生の地ドイツでも、テクノの影響を色濃く受けながらも、ジャーマン・トランスは一時のブームに終わらず、その後も発展した。その他のヨーロッパの国でも、ユーロ・トランスはパーティー・シーンを盛り上げる存在として発展してきたジャンルであり、現在も根強い支持があるジャンルである。

※5
楽曲売り上げやパーティー出演数が1位なのではなく、人気が1位であるというのが適切。一般人によるインターネットなどからの投票によって順位が決まる。


ゴア・トランスの発展~サイケッデリック・トランスへ~
 1990年代初頭、ジャーマン・トランスやハード・コア・テクノなどがインドのゴアへと持ち込まれた。それまでも、ゴアではビーチや近隣の山中を中心に、ロックやアシッド・ハウスなどの音楽がパーティーで流れていた。そこに、トランスが加わり、土地の持つエスニックな雰囲気や民族音楽などが影響し、独自の音楽性を持つゴア・トランスというジャンルが生まれた。ゴア・トランスの誕生にはヒッピー・カルチャーが関係している。ゴアは以前からヒッピーの聖地といわれ、ヒッピー全盛期にアメリカやヨーロッパからヒッピーが多く移り住んだ。それらヒッピーの残党からゴア・トランスをリードするアーティストへと転身したものもいる。また、ヒッピー・カルチャーに内包されるドラッグなどの要素も、レイヴやトランスがゴアで浸透するようになった要因の一つとしてもあげられる。こうしてゴアにはおもしろいパーティーがあるという噂が噂を呼び、世界中からパーティー目当ての多くのバックパッカーなどの旅行者が訪れるようになる。そして、1994から1998年頃にゴア・トランスはゴアやタイのビーチなどの周辺アジアでのパーティーも巻き込んで最盛期を迎える。1990年代末には一時勢いは低迷した。しかし、ブーム低迷の間に音楽性に変化が見られるようになってくる。その後、ゴア・トランスの特徴を含みながら、ゴア・トランス全体がより幻覚的な雰囲気をもつ音楽として変化していった。さらに、そこから派生して2000年頃にはサイケデリック・トランスというジャンルへと姿を変えた。これ以降、ゴア・トランスを扱っていたアーティスト達も、多くがサイケデリック・トランスへと音楽性が変化した。そのため、現在ではゴア・トランスは過去のジャンルとして捉えられ、サイケデリック・トランスと呼ばれるのが一般的となり、世界的に人気のあるジャンルへとその座を不動のものとした。サイケデリック・トランスのイギリスのアーティストが携帯電話メーカー「Motorola」のイギリスでのCMに曲を提供したり(※6)、イスラエルのアーティストにはアメリカでメジャーデビューしているもの(※7)もいたりする。また、皆既日食の際にはそれが見られる土地で、皆既日食レイヴとして毎回大規模なサイケデリック・トランス中心のレイヴが行われている。辞書『大辞林』のトランスの項では、このサイケデリック・トランスを指す内容が掲載されている(※8)。ユーロ・トランスも世界的に人気があるが、やはりそのメイン・ストリームはヨーロッパにある。しかし、サイケデリック・トランスは、主にイギリス、イスラエル、ブラジル、ゴア、日本などで人気があり、そのメイン・ストリームは現在、イスラエルにあると言っても過言ではない。そのため、ユーロ・トランスとは違ったジャンルとしてサイケデリック・トランスには独自の人気の広がりが見られ、ダンスミュージック全体がヨーロッパ寄りの現在でも、独特の存在感を放つジャンルとなっている。



写真はDiffer有明でのサイケデリック・トランスのパーティーの様子。
2008年11月。中央に見えるアーティストはイスラエルのアーティスト「Aquatica」。MySpaceでの公式HPはこちら。
http://www.myspace.com/eladaquatica

※6
このアーティストは「Eskimo」というアーティストである。父親はゴア・トランスの時代から活躍するアーティストで、親子揃って現在サイケデリック・トランス界に君臨している。MySpaceでの公式HPはこちら。
http://www.myspace.com/eskimodance
視聴もできます。

※7
このアーティストは「Infected Mushroom」というサイケデリック・トランス・バンドである。公式HPはこちら。
http://www.infected-mushroom.com/
視聴もできます。

※8
辞書『大辞林』の「トランス(trance)」の項の引用。
【電子楽器を使った無機質なダンスミュージックのうち、サイケデリック(原核的)なサウンドを持つもの。】とも記載されている。


イスラエルとサイケデリック・トランス
 サイケデリック・トランスには、非常に多くのイスラエルのアーティストが存在し、イスラエル・サイケと総称されるほどである。なぜこれほどまでにイスラエルでサイケデリック・トランスが受け入れられるに至ったのかを、以下で考察していく。
 現在のイスラエルのアーティスト等が、これほどまでの存在感を放つ礎を築いたアーティストとして、Astral Projection(※9)があげられる。彼らは1990年代初頭から活動しており、ゴア・トランスの巨匠のうちの一組でもある。このAstral Projectionを筆頭にイスラエルのアーティストが増加していった。
 イスラエルには徴兵制度がある。18歳で高校を卒業すると同時に男性は3年間、女性は20ヶ月間の兵役の義務に従事する。その後は進学や就職の前に、アジアなど海外に旅に出るものが多い。湾岸戦争が一段落ついた1990年代初頭には、そうした若者が多くゴアを訪れるようになっていた。こうしてイスラエル人の集団がアジアのパーティーに根付く存在となり、そこからアーティストになったものもいる。1990年代は特に多くのイスラエル人がパーティーに参加しており、彼らはラエリーと呼ばれた。
 また、ゴア・トランスはインド音階やイスラム音階など民族的な音色を多用しており、それらの音階が彼らの琴線に触れ、親近感を抱かせたという点もある。イスラエルの結婚式でよく歌われる楽曲と同じメロディーがゴア・トランスの楽曲に使用されていたなど、偶然の音楽的一致などがあげられる。
 加えて、アーティスト同士のコラボレーションによる浸透もあげられる。一度ゴア・トランスやサイケデリック・トランスで有名になったイスラエルのアーティストと新人のイスラエルのアーティストがコラボレーションして楽曲を発表すると、大きく話題になる。このようなイスラエル人同士のコミュニティが、さらにアーティストを倍増させたと考えることもできる。
 これらの要因が合わさり、現在ではサイケデリック・トランスのトップ・アーティストは国民的アーティストと言われるまでになり、サイケデリック・トランスの女性アーティストは国民的アイドルと言われるまでになっている。湾岸戦争で被害をうけたテル・アビブという都市は、現在サイケデリック・トランスの聖地(※10)と言われるまでになり、その都市名は多くの楽曲、アルバムのタイトルを飾っている。日本に来日するサイケデリック・トランスのアーティストも大多数がイスラエルからのアーティストであり、今後もサイケデリック・トランス・シーンをリードする存在としては絶対的であろう。

※9 Astral Projection
イスラエル出身のアーティスト。ゴア・トランス、サイケデリック・トランスのシーンの第一人者としてあげられる。公式HPはこちら。
http://www.astral-projection.com/

※10
テル・アビブは人口の3分の1が集中する街であり、国連においてはエルサレムではなくこのテル・アビブを首都として認めている。文化や経済の中心地であり、大規模なダンスミュージックのパーティーも行われている。


日本のトランス事情
 日本では現在、ユーロ・トランス、サイケデリック・トランス共に、他のダンスミュージックジャンルのパーティーに比べて圧倒的に開催数が少ない。トランス自体が広い空間で映える派手な音楽である。そのため、室内でトランスのパーティーを開催するなら、日本最大のクラブである新木場のageHa(※11)やイベントスペース(※12)での開催が妥当なところとなるが、以前に比べて開催頻度が下がっている。また、サイケデリック・トランスのパーティーにおけるフィールドのひとつであるレイヴにおいても開催状況が芳しくない(※13)。テクノやプログレシッヴ・ハウスのレイヴは増加しているが、サイケデリック・トランスのレイヴは減少、規模縮小しているのが現状である。最近ではサイケデリック・トランスを中心に扱う唯一のCDショップも閉店した。トランス全体が日本では低迷していきていると考えられる。その理由について考察してみたい。
 日本では1990年代後期から2000年代前期にトランスがギャル文化のパラパラと共に知名度をあげ、パラパラと共に一般層にトランスも定着した。その中の一部のものにはサイケデリック・トランスも浸透し、2000年代中期にはダンスミュージックを聴かないのになぜかサイケデリック・トランスを聴くという不思議な現象も起こったほど、一時的には一般層にもサイケデリック・トランスが浸透した。しかし、パラパラとトランスが親密になると、既存のトランスではなく、パラパラ用に特化した「姫トラ」(※14)などのパラパラ層向けにパッケージングされたトランスが量産されるようになる。ここでダンスミュージックの既存のトランスと分岐し、直接的な関わりを持たなくなる。2000年代後期には一般層に人気を博すようになるダンスミュージックがトランスからハウスへと変化する。ハウスには、日本人アーティストが多く、とにかく「おしゃれ」な音楽であったことからファッションの一部のように定着していった。J-POPでの音楽の流行に、レゲエやR&B、ヒップホップなどがチャートをにぎわすようになったことも、トランス方面へ興味を持つ新しいリスナーが減った理由であるとも考えられる。このように一般層で受容される音楽の変化というのも、トランスが低迷している一つの理由であると考えられる。  また、2006年の年末に六本木のクラブ、ベルファーレが閉店したこともトランスの現在の低迷に影響している。ベルファーレはageHaに次ぐ大型のクラブでありながら、アクセスの容易な都心に位置し、トランス寄りのパーティーがレギュラーで多く開催されていた。レギュラーでトランス寄りのパーティーを開催するクラブは現在ない。ベルファーレはディスコ世代も若者も巻き込んで、トランスのパーティーを精力的に行う数少ないクラブであったと言える。
 最後に、トランスは激しく印象的な音楽であり、それゆえに場所や雰囲気を選ぶという点がある。今はトランスではなく、ハウスやテクノのニーズが上回ってもいる。場所を選ぶため、広い場所で開催したにも関わらず、来場者が思ったより少なかったりすることがあれば、開催規模は縮小され、開催数は減少されるだろう。また、ドラッグのイメージも他のダンスミュージックに比べ特に強いため、パーティーの開催も慎重にならざるをえない。このようなことも重なり、トランスは低迷していると考えられる。私が思うに、やはりトランスは、日本ではブームの過ぎ去ったジャンルとなっているのだろう。しかし、世界的にはダンスミュージックの主力ジャンルとして今も君臨しているため、いつかまたトランスを頻繁に耳にする日がくるだろうと、その回帰を根強いファンとして待ち続けたい。

※11 新木場ageHa@studio coast
2002年の年末に、ベイサイドエリア新木場にオープンした多目的エンターテインメントスペース「ageHa@studio coast」。そのなかで毎週金、土、祝前日の23時から行われている日本最大規模のクラブイベント「ageHa」では、世界でも類をみない音響設備(オ クタゴン)を搭載し、最高の音を体感できる。主に金曜日はヒップホップ・レゲエのイベント、土曜日はハウス・テクノ・トランスなど四つ打ちのダンスミュー ジックのイベントが行われている。なお、夕方・昼間などはライブホール「STUDIO COAST」として、クラブミュージックとは別ジャンルでも機能している。HPはこちら。
http://www.ageha.com/

※12
Differ有明や、Zeppなどで多く行われている。
Differ有明 http://www.differ.co.jp/
Zepp http://www.zepp.co.jp/
その他にも同様の規模のイベントスペースがよく使用される。

※13
海外(特にヨーロッパ)ではユーロ・トランスのレイヴの開催も多いが、日本ではクラブなど室内での開催が多い。サイケデリック・トランスにおいてはレイヴでの開催も多い。

※14 姫トラ
トランスの特徴を含みながら、パラパラを踊るための音楽として特化して制作され、キャッチーでポップなポップスへとパッケージングされたトランス。主にパラパラを好む者や、ギャル層などからの支持が強い。近年、「小悪魔トランス」などその名称も増えている。公式HPはこちら。
http://www.emimusic.jp/dancemania/


トランスBGM
 テレビ番組のBGMにおいてダンスミュージックが使用されない日はない。落ち着いたニュースの時は、ミニマルテクノや地味なテクノが使用される。緊迫したニュースの時はビートの強いサイケデリック・トランスが使用される。スポーツ報道の際には明るいユーロ・トランスが使用される(特にサッカーの試合ダイジェスト)。ゴールデンタイムのバラエティ番組の時は、派手でポップなエレクトロが使用される。女性向けの番組の際は、キラキラしたハウスが使用される。番組の特徴に合わせてさまざまなダンスミュージックがテレビのBGMや挿入曲として日々使用されている。
 その中でも、特にサイケデリック・トランスを多用するバラエティ番組がある。フジテレビで放送されている「逃走中」(※15)という番組である。現在は特番として不定期で放送されている。この番組は、いわば鬼ごっこのようなものである。規定の敷地内でミッションというさまざまな障害をクリアしつつ、「ハンター」という鬼ごっこでいえば鬼にあたる者に捕まらずに逃げ切ったら、賞金を手にすることができるという番組である。ハンターから逃げ切ったり、ミッションを成功させたりするために、出演者が走っている場面が多い番組である。その緊迫した映像を、より疾走感と緊迫感を強調した演出とするためにサイケデリック・トランスが毎回使用される。サイケデリック・トランス好きならば知らない人はいないほど、名実ともに有名なイスラエルのAstrix(※16)というアーティストの「Artcore」というアルバム内の楽曲は特によく使用されている。このように、テレビを見ているだけでもさまざまなダンスミュージックを耳にすることができるので、興味のある人には是非耳をかたむけて番組を見るということをおすすめする。
 ゴア・トランスの時代からジャンルの立役者として活躍したイギリスのアーティストJuno Reactor(※17)も、映画「The Matrix」シリーズや映画「Legend Of Mexico」、邦画では「リング」や「らせん」、アニメでは「アニマトリックス」、「ブレイブストーリー」などの音楽を担当している。このように、トランスの流れを汲む音楽は、耳にする機会も多いと言えるだろう。

※15 逃走中
2004年からフジテレビ系で不定期で放送されている番組。公式HPはこちら。
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/tosocyu/index.html

※16 Astrix
イスラエルのテル・アビブ出身のアーティスト。余談だが、私が初めて行ったサイケデリック・トランスのパーティーもAstrixであった。MySpaceでの公式HPはこちら。
http://www.myspace.com/astrixmusic
視聴もでき、パーティーの様子がわかる動画もあります。

※17 Juno Reactor
イギリス出身のエレクトロニック・ミュージック・ユニット。ゴア・トランス、サイケデリック・トランスのシーンを作り上げた第一人者としてあげられる。現在ベースを担当しているのは、LUNA SEA、X-JAPANのSUGIZOである。公式HPはこちら。
http://www.universal-music.co.jp/junoreactor/


トランス解説
 トランスはメロディックで速いテンポが特徴的なジャンルである。ユーロ・トランスならBPMは138からとなっており、サイケデリック・トランスにおいては平均BPM142~145と速い。ユーロ・トランスは明るく長調の曲が多い。サイケデリック・トランスは別世界的で短調寄りの曲が多い(※18)。  ダンスミュージックに共通の特徴である、四つ打ちであるという点と、DJのセットの間に大きなテンポの変化がないという点、楽曲にブレイクというほぼ無音状態の構成が含まれるという点はトランスにおいても同様である。ユーロ・トランスにおいては、ソウルフルではなく透明感のある女性ヴォーカルが多用されることが多い。サイケデリック・トランスにおいては楽曲中盤でブレイクのあとキックの雰囲気が変わり、必ずトーンダウンさせる曲調がある。  このようなおおまかな特徴を述べた上、以下でトランスのジャンルについて簡潔に説明していくものとする。

●ユーロ・トランス(※19)

ジャーマン・トランス
 元祖トランス。ドイツのアーティストの制作するトランス、またはその特徴に近いものの総称。「硬い」曲調が特徴的である。

ダッチ・トランス
 1990年代後半に頭角を表してきた、オランダのアーティストの制作するトランス。壮大な曲調が特徴的である。

プログレッシヴ・トランス
 プログレッシヴ・ハウスから派生したトランス。プログレッシヴ・ハウスの延長にあるアーティストと、ユーロ・トランスの延長にあるアーティストとに分かれる。比較的ジャンルレスな雰囲気をもつ。曲調もさまざまである。

エピック・トランス
 日本ではエピックという呼称で認知度が高いが、1990年代末に日本の音楽雑誌で用いられた言葉が始まりである。以前はユーロ・トランス全体を指すような語として用いられる時期もあったが、現在ではジャンルとしてはあやふやな存在である。単調で流れるような曲調を持つものが多い。

ハード・トランス
 激しく過剰までに力強いビートが特徴的なトランス。ハード・ダンスともいう。

テック・トランス
 ハード・トランスから派生して2004年頃に定着した新しいトランス。テクノのもつ展開の特徴を汲んだものが多い。ヨーロッパではプログレッシヴ・ハウスと共に、トランスとハウスやテクノとの境界線上で活躍する領域横断的なジャンル。

●サイケデリック・トランス

ゴア・トランス
 現在ではサイケデリック・トランスへと変容した。民族的な音階を用いたメロディーラインやパーカッションが特徴的。ヒンドゥー教の神々がアルバムジャケットに多用されたり、曲にお経が盛り込まれたものもあったり、スピリチュアルな雰囲気をもつ。曲調は「コテコテ」というのが適切である。

ダーク・サイケデリック・トランス
 通称「ダーク」または「ダーク・サイケ」。音がダークなのではなく、他のサイケデリック・トランスに比べて高速のビートと過剰なサウンドエフェクトが特徴である。ハンガリーなどで盛ん。アンダーグラウンドなパーティーが多い。

フルオン・サイケデリック・トランス
 通称「フルオン」または「フルオン・サイケ」。最高に盛り上がった状態の曲展開が特徴であり、イスラエル・サイケに多い。サイケデリック・トランスの中でも最もリスナーの多いものであるため、ある意味定番でもある。

モーニング・サイケデリック・トランス
 通称「モーニング」または「モーニング・サイケ」朝方に合うさわやかなサウンドと、美しいメロディーが特徴である。野外イベント(レイヴ)ではこの系統のアーティストは朝方に登場することが多いが、クラブイベントでも重宝される。比較的サイケデリック・トランスに抵抗がある人でも聴きやすい、サイケデリック特有の「クセ」や「アク」の強さが低いサウンドである。このジャンルのアーティストは別名義でプログレッシヴ・ハウスのアーティストとして活動していることもあり、プログレッシヴ・ハウスとサイケデリック・トランスを横断するジャンルである。

※18
耳で聴いて明るいと感じる音楽は長調で構成されている。耳で聴いて暗いと感じる音楽は短調で構成されている。ここでは専門的な音楽知識より、その音楽が明るく聴こえるか暗く聴こえるかがわかることがポイントなので、専門的な調性の説明は割愛。

※19
ユーロ・トランスとユーロ・ビートは別物であるが、似た響きのため、混在してしまっている人もいる。ユーロ・ビートも4拍子でBPM120〜160でありダンスミュージックの一種ではある。1980年代の日本でのディスコブームの際に多く流されていたような楽曲、いわばディスコ・ソングである。近年、高速ユーロ・ビートなど、パラパラ用にアレンジされて人気が出ているという事象もあるため、同じくテンポの速いトランスなどのダンスミュージックと混在してしまうということもあり、注意が必要である。


 第八回はここまでです。次回は第九回ジャンル4~その他~についてお送りします。